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引越を考える〔1〕1998年8月号
引越市場の低迷打破策は 引越市場がしぼんでいる。引越専門業者間の過当競争による、価格ダウンとサービス競争のなかで、もがき苦しんでいる。この状況を打破する手段は、あるのだろうか。 長年引越に携わっていた業者であれば、前年比ダウンはあたりまえだろう。しかし、マーケットが、そこまで落ちているのだろうか。住宅着工戸数、マンション販売戸数をみれば、当然かもしれない。しかし、引越業者は、すべての引越を収受しているのだろうか。 全国の移動者総数は約650万人といわれているが、その数字には同一市町村内の移動者数が入っていない。しかし、一般紙に入る不動産のチラシ広告はほとんどが、同一市内の物件紹介だ。だとしたら、市内移動の数をどこまで引越業者は把握しているのだろうか。 私は、この夏、兵庫県から、横浜市内に引っ越した。まず家を探しに、横浜市内の大手賃貸不動産代理店を訪問したが、あまり知られていない、有限会社の引越業者のパンフレットが置いてあった。不思議だった。その不動産会社が有名であり、賃貸物件を強化していたからだ。どうして、引越業者として大手業者か地元の専門業者が入っていなかったのだろうか。 ここが、引越市場のわからないところだ。つまり、市場は安定していない。「この不動産会社はA社と契約しているから」という概念は捨てた方がいいのではないだろうか。リピート客もしくは、紹介客の多さを自慢する引越業者が多いが、それよりも新たな顧客を開拓する努力を疎かにしていないだろうか。結局、広告と斡旋による市場開拓に安穏としているだけなのではないだろうか。でなければ、営業マンの見積もり競争で、決定率の高さに安心していないだろうか。 引越は、市場に対する甘えと、業者の慢心が市場における占有率を下げ、新たな引越業者の誕生を引き起こすことになる。広告一つにしても、広告代理店のアンケートを鵜呑みにしていないか。独自に実施したり、第三者のリサーチ会社にまかせた方がいいのではないだろうか。 現在の成約運賃の低さを嘆く業者は多い。しかし、10年前はどうだったろう。20年前とは、どうだっただろう。引越が安くできる方法、手段を本気に考えているのだろうか。客によって、成約料金が変わっていないだろうか。営業マンの管理、支店長の管理レベルはどうだろうか、改善策を考えているのだろうか。引越業界は、新たな再生期にきているのではないだろうか。 横で見ている限り、市場以上に引越業者の体力の減退を感じる。そして、気になるのは、創業経営者の事業に対する不安感が強くなっていることだ。辛抱する時代であり、大改革をしなければならない時代なのに。 ユーザーは何を期待しているのか、何を引越業者選択の要素としているのか、改めて考える必要があるのではないか。そういう点で、新たな引越サービス産業の誕生があってもいい時代だ。アート引越のスタートは石油ショックからだった。 引越を考える〔2〕1998年9月号 アートが元気。第二成長期のスタートか アートコーポレーションが元気だ。一般紙、日経を見る限り、同社の発信の多さには感心する。この1カ月でM&A、寺田千代乃社長の政府の経営戦略会議メンバー入り、ISO9002取得、付帯サービス開始。「すごい」といっていいだろう。しかもアートらしさが感じられる。不思議なもので企業ブランドができると、ホンダらしい、シャープらしい、といった商品の話が出る。そのらしさが鮮烈に出たときにヒット商品ができる。 アートもそのブランドが確かにある。核といったモノはないが、このらしさは重要だ。 企業キャラクターとして、ドラえもんの採用の時は不思議な気がしたが、ドラえもんの車両、そして、ドラえもんのトースターには驚いた。「これは、当たる」。ドラえもんファンのホームページ(http://doraemon.lovely.to/)を見るとその感覚が分かる。ドラえもん世代は30才以下。この世代はいまも続いており、絶対的なドラエモン信仰がある。そして、アートにはドラえもんを採用してから、企業マインドも変わってきているような気がしてならない。引越文化研究所の設立、作文の募集。そして、作文集の出版。引越市場を実現させた同社が、新たな引越へのアプローチを見い出している。 私は、昭和53年からこの会社の取材を続けてきた。急成長の時代が昭和60年ごろまで、それからはバブルの時代、困惑の時代、そして回帰の時代。現在は第二創造期の時代に入ったのではないだろうか。 引越市場の創造者として、常に注目され、しかも期待されてきた企業だ。そういう面で、経営者である寺田夫妻の経営戦略が、そく企業戦略でもあった。 しかし、年商も300億円を超え、従業員600名、事業所60カ所にも及ぶ規模になれば、経営者だけではなく、役員、従業員から次のアートを創造する環境、マインドが必要だ。 現在、その具現化が始まっているような気がしてならない。それが、ドラえもん採用からのような気がするのだ。 たかが、キャラクターなのだが、さすが、ドラえもんなのである。ドラえもんの作者からの注文は多い。「荒い運転をしては困る。汚い車両では困る」。そういったドラえもんを汚すイメージのことをできるだけ排除して、ドラえもんのキャラクター・ブランドを守っているのである。 アートもイメージ先行の会社ではあった。しかし、イメージがブランドに変わり、そのブランドを自己増殖させる力をいま感じさせる。経済環境は、これ以上は悪いことがないような状況。一般紙の経済欄、日経の表紙を見るのが怖くなる時代だ。そういう時代だからこそ、エネルギーのある、元気のある企業は認められるのではないか。 そういった情報発信が、次のステップになることを応援したい。ただ、数字で裏打ちされた結果が、求められるのも現実だ。この波をうまく乗り、新たな成長を期待したい。 引越を考える〔その3〕1998年10月号 引越周辺市場は 引越周辺事業で、深く関わっている分野が、電気工事だ。引越業者の大半が、運送会社からスタートしてきたためか、工事分野の事業を確実に取り込んでいる業者は意外に少ない。ほとんどは、専門の業者に任せてきている。 確かに、関連会社で周辺事業を行うところもあるが、実質的には他社であることがほとんどだ。 しかし、ここにきて、社内で行う方向を模索し始めてきている。引越事業の難しさは、季節波動の大きさだ。その波動のリスクをいかに、回避する経営を行うかが、引越業者の腕の見せ所と云った面が強かった。とくに車両、作業員については、3、4月のピークを乗り切れる体制作りを行うことが、引越業者にとっての最大の関心事であり、現在でもその基本に変わりはない。 ただ、受注減が深刻化してきた現在、電気工事などの外注していた部分を、どうするかは、引越業者にとって、重要な面だ。大手引越企業のほとんどが、この外注の単価にメスを入れているだけに、周辺事業に関する戦略は重要になっているはずだ。 関西では2年前から、電気工事、ピアノ料金の大幅な値下げ競争が続いた。電気工事のなかでは、クーラー1台の取り付け取り外し作業が2万5千円ぐらいだった。ところが、現在では1万円を切る事態になってきている。ピアノに関しても、同様な状況で値を下げることになった。しかし、これはあくまで、引越業者が顧客に見せる価格であり、実際の専門業者への支払いは8掛けといっていいだろう。ただ、引越業者によっては、引越本体の受注単価が下がったため、差益部分で収益をあげようとする業者が増え、顧客には1台2万5千円で請求しながら、専門の業者への支払額は、従来の2万円ぐらいから、一挙1万円位に下げさせているケースもあるようだ。 工事業者側の対策手段は、3通りある。さらに下請け業者の値段を下げる。現場業務の自社化エリアの拡大、他の事業展開を進める。 〔顧客・引越業者・工事業者・工事作業員・下請け業者〕の構造の中で、こういった対策しかとれない。地方の作業は、さらに委託業者で行われており、個人で行っている小さな工事屋さんがほとんどだ。そういった人たちの単価まで下げるとなると、経営努力の問題ではなく、食べるための売上げをいかに確保するかにかかっている。 工事を実際にする側になれば、一日にできる作業量には限界がある。一ヵ所での工事台数が多ければいいが、そうでないと取り付け時に、パイプの取り替えなどの追加工事をその場で顧客に請求したり、不要な追加工事を行ったりして、収入を増やすしかない。しかし、顧客へのサービス低下を招くことになる。また、現場での追加工事に関する報告がなければ、ペナルティを取る業者もいる。 サービス競争は結構だが、こういう実態を見聞きすると、本末転倒な気にさせられる。サービスレベルの向上を社員に厳しく云いながら、実際には下請け泣かせが、顧客サービスの低下を招く危険性をはらんでいる。今後、検討してもらいたい面だ。 引越を考える〔その4〕1998年11月号 引越業界のコマーシャル戦略 運輸業界で、CMを意識させられたのは引越からだった。最初に見たのがアート引越センター、次が日本通運、そして松本引越センターだった。有名な話で、テレビCMを行ったときのアートは、CMが流れるやいなやすごい電話がかかり、大変だった。そして、連動して行われた電話帳広告が当たった。現在では、あたり前の営業戦略だが、企業向けに仕事をもらう受け身型の運輸業界では考えられなかった。それだけテレビCMが新鮮だった。また、引越でポイントになるタウンページは当時、職業別電話帳の広告がなくて困った時代に、引越の広告が急激に増えたのは、このテレビCMの成功によるといっても、過言ではない。 そして、20年が経過して、テレビCMでの引越業者の登場はめっきり減った。全国展開を行っている日通、ヤマト運輸、アート、サカイ引越センター以外では、各地の地元業者ぐらい、しかも、繁忙期前などに限ったCMが大半で、消費者から見れば引越業者の過当競争が大変だといわれてもピンとこないかもしれない。 しかし、昭和50年代の後半のことを考えるとめっきり減っている。深夜に思わぬ運送会社のCMが流れていたものだが、それもほとんどなくなった。結局、大手を除く引越業者の体力が落ちてしまったからに他ならない。加えてCMの効果を判断するのが難しく、効果を考えると二の足を踏まざるを得ない状況になった。 CMの投資効果をどうみるか、電話受付、見積もりの段階で、電話をした理由をきめ細かく、確認する。それによって、電話帳であったり、近所の紹介であったり、その効果を見るバロメーターにしている。しかし、テレビCMを見て電話する人は少ない。テレビでもやっており、タウンページで確認して、電話をかけたり、チラシ広告を見たりして、電話をかける。 いろいろなケースのなかで、テレビCMは体力が必要だし、中途半端な形でやると、社名、商品名があまり有名ではない場合、ただ引越のCMが流れているだけで社名が見ている人に浸透せず、有名な引越業者を援護する形になってしまうことになる。悲しいかな、ブランド力のついた企業以外で引越のCMを流しても、余程変わった内容か、大量のCMを流さない限り効果はないといっていいだろう。 そういう点、現在の引越CMは特定企業に限定された手段となってしまった。さらに、タウンページを見ても表紙関係のページから引越広告が減っている傾向にある。このようなマスメディアの広告料金が意外に下がらない。地方テレビでは大幅な値引きがあるが、東京などのキー局では、まだ値上がりしている状況であり、東京キー局で新たなテレビCMを展開する引越会社の出現は引越社の東京進出を除いてはないかもしれない。 CMの内容については、各社の色が確実に出ており、よほど明確な色合いが出なければ新たな広告は難しいだろう。各社とも製作会社は、電通か博報堂などトップの広告代理店が扱っており、制作費もかなりかけているが、インパクトのあるCMが最近は少ない。各社とも色が明確になり、冒険をしにくい環境にあるようだ。できれば思わぬ会社によるCMを見てみたいものだ。 引越を考える〔その5〕1998年12月号 引越兼業者はいま 不動産不況といわれて久しいが、住宅金融公庫の低金利策など、この秋からの住宅分野は少し明るさが見え始めてきた。不動産会社によると、11月から始まった金利2%が効いて、2000万円〜3000万円の小型物件の需要が急速にあがっているという。新聞広告もマンション、住宅が増え、金利の安さを全面に打ち出した内容が増えた。 しかし、やはり引越業者のイメージは弱いと言っていいだろう。悲しいかな新聞チラシの広告で引越業者のものがほとんどない。この1ヶ月で、1社しか見ていない。見忘れたはずはない。毎日新聞チラシで、不動産の売りを丁寧に探しているのだから。嫁さんよりも新聞は最初に取り込んでいるが、なぜかない。別に引越業者のチラシだけを探しているわけではないが、不思議にない。 気になるのは、兼業者の引越部門の人たちだ。売り上げが下がり、法人主体に展開してきた業者も法人移動が少なく、(ただ、リストラによる事務所集約、社宅からの移動はあるだろうが)、兼業者の人たちはどうしているのだろうか。引越部会など、規模は大きくなっているものの、実際のマーケット握っている人たちが主力でなければ意味がない。ところが引越部会の数多くの業者はいわゆる兼業者の人たちがほとんどだ。 引越は顧客へのアプローチを何らかの形で常に行わなければいけない仕事だ。受け身の仕事ではあるものの、顧客営業は常に行っていなければ、どういうルートで他の引越業者に変わるかもしれない。大丈夫などという考えは捨て去ったほうがいい。兼業者であれば、どこかで、景気が悪いから引越の売り上げダウンも仕方がない。販促を行うにもお金がかかり、専任の営業マンも減らす方向で考えているところが多いはずだ。こういう傾向に入れば、なし崩し的に引越部門の形骸化が始まる。この一年が勝負とよく言われるが、引越は毎日が勝負である。その勝負をする戦力が少なくなれば、自然と専業者に需要が傾く。現在は、そういった時期だ。どこかとれたのではなく、どこからも依頼が減っていく時代だ。攻めの姿勢を見せなければ、兼業の担当責任者はやっていけない。 そんな兼業者受難時代だが、その業者の顔が見えない。別に責める気はないが、保険のように引越部会に入っていていいのだろうか。行動を起こさなくてはいけないのは、そこに出席している人たち自身のはずだ。でなければ、近いうちに兼業の引越センターは看板だけになってしまいかねない。 引越専門業者ばかり取材していると、つくづく思うのは、この人たちの頭は引越のことで頭が一杯なんだなーー。苦しくなってきたといえども、元気に電話を受け取り、営業マンが帰ってきたら、評価し、運転手、作業員が帰ってきたら、労をねぎらう。毎日のことだが、この積み重ねを「会社が、社長が、責任者が忘れるようになれば」自然淘汰されても仕方がない。 需要のない時こそ、責任者が元気にならなくてどうする。 |